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「これ落ちてたよ、あなたのでしょ?」
そう言って僕に差し出してきたのは、サーカスのチケットだった。僕は慌ててズボンのポケットを探ったが、確かにチケットが入っていなかった。
「あ…、どうもありがとう」
そう言って彼女からチケットを返して貰った。その一瞬彼女の手に触れた。すらっと伸びた細い指に色の白い手の甲。
ほんの少し触れただけでもわかった。
彼女の手はとても温かいと。
チケットを返して貰っても尚、彼女は薄く笑みを浮かべて暫くこちらをのぞき込んでいた。
「あ、あの。他にもなにか?」
僕は緊張していた。普段人から見つめられてもこれ程緊張はしないのだが、彼女のその何もかも吸い込んでしまいそうな程の透き通った瞳と、美しい容姿に僕の動機は正常なリズムを狂わされていた。
「渡らない?赤信号になったよ?」
微笑んでいる彼女が指をさす方を見ていると確かに歩行者信号は赤く光っていた。
「あっ!本当だ……」
「ほら、走って!」
そう言って彼女は僕の手を取って向かいの道路まで走った。
グッと日射しが強くなった。
それが彼女のクリーム色の髪の毛を満遍なく照らし、キラキラと輝いていた。そして風に乗って翻るワンピースがとても眩しかった。
「ふぅ……」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
少し走っただけで僕は酷く息を切らした。照りつける日射しと彼女に触れられた事により狂わされた動機のおかげで僕は酷く疲れてしまった。
一時会話の無いまま二人は歩道上で息を切らしていた。
「それじゃあ!」
突然彼女が言葉を発した。
「チケットを拾ったお礼でも頂こうかしら」
そう言って彼女はまたその深く澄んだ瞳で僕の顔をのぞき込んできた。
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