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自分達が、乗っていた“武蔵”とはこんなにも巨大で美しかったのか……
激しく揺れ動く艦橋で岡田は、場違いな思いを抱いていた。
世界最長の射程距離を誇る主砲塔が、こちらの船の方を向く。
後方からは、米国の駆逐艦……
前方に“武蔵”の亡霊……
輸送船の艦橋にいた男達は皆、死を覚悟した。
その時、鼓膜が破れそうな大音響とともに“武蔵”の主砲が火を吹く。
巨大な発射音が腹に響き爆風が、輸送船の艦橋まで吹きつける。
必死で艦橋にしがみつく男達。
輸送船が、木っ端微塵に破壊される事を覚悟していると後方で炸裂音がして目の前が真っ赤に染まる。
“武蔵”から発射された主砲弾は、後方にいた米軍の駆逐艦に命中していた。
米軍の駆逐艦は、二隻とも炎に包まれあっと言う間に夜の海中に引き摺り込まれていく。
艦橋のそこら中で男達が両手を上げ“万歳”と叫び出す。
「長官だ! 山本長官だ! 」
岡田の横にいた男が、武蔵を指差しながら叫んだ。
目をやると“武蔵”の艦橋に確かに、白い正装に身を包んだ山本長官が立ちこちらを見詰めていた
山本長官だけではない。
“武蔵”の艦橋上には、あの頃の様に大勢の兵士達が、キビキビと動いている。
あの頃―
自国の勝利を信じて疑わなかったあの頃……
不意に岡田の胸に熱い物が去来する。
自分の持ち場である左方の増設機銃に目をやると死んで逝った筈の仲間達が、活き活きと動いていた。
岡田の頬を涙が伝う。
気がつくと武蔵の艦橋の上で大勢の兵士達が、山本長官を先頭に整列していた。
山本長官が凛々しく敬礼すると、整列していた兵士達も皆、それに続く。
忘れていた胸の熱くなる光景―
「大丈夫です! 日本は俺達が何とかします! 」
輸送船の上で“武蔵”の様子を見ていた男達が、口々に叫ぶ。
颯爽と夜風を切り、 遠ざかっていく“武蔵”の巨大な船影……
傷ついた男達は、“武蔵”の姿が見えなくなるまで手を振った。
岡田が振り返ると遠くに本土の島影が微かに見えていた―
了
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