ベーカリーとらやⅡ

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   アタシが生まれた村は北の国にある。ベルガは虎族の中でも特に勇猛とか言われ、イディン各地の国や領地の傭兵として雇われる者が多い。土地が痩せているので、売るものが村人自身しかないだけの話。双子の兄もどこぞに雇われて行ったが、アタシは兵隊なんか真っ平だった。村では大人しく兵隊になる訓練を受けたけど、何でもいいから作る仕事がしたかったんだ。傭兵に出る前の晩、村を飛び出し、六年前チェルキスに来た。ここでパン屋の爺さんの弟子にして貰う。女には力のいる仕事だが、この時初めてベルガで良かったと思った。  やがて独り者の爺さんが亡くなり、店を継いだ訳だ。  継いでからの店の評判は上々なので、アタシはちょっと誇らしい。朝夕客が多いときには売り子を置けるまでになり、ひとつ冒険しようと、格の高いチャイ麦パンに挑戦した。普通は貴族しか口にできないけれど、庶民でも奮発すれば買える価格に抑えたら、お祝いの贈り物などに良く売れる。  お客の一人に、領主の御館に出入りしている者がいて、御用達にと口を利いてくれた。  そこで今日、御館での試食会で、奥方様に大変気に入られたのだ。御実家での味を思い出すと言われ、とても嬉しかった。なにしろラスタバンの王宮パンと言えば、美味で知られている。  ついに御用達と決まり、夜会毎のパンを請け負う事になった。領主と言えども、毎日チャイ麦パンとはいかないらしい。  この喜び一杯の帰り道、あの影のような男を目にしたのだが――   
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