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何にせよ、彼らには暴れる口実さえあればいいのだ。アタシは鼻を鳴らした。
「見苦しいよ、ゴラン。請負を取られたのは、半分は自分のせいだろ? あんたんとこのチャイ麦パンには、普通の麦が混ざっているって話じゃないか」
野次馬がざわつきだし、冷や汗のゴランはうろたえた。
「言いがかりは止めろ! お前こそ獣人のクセに出しゃばり過ぎだ! 大方そのデカい図体で、口利きを脅したんじゃないのか?」貧相な髭下の口が、野卑な笑みに歪む。「それとも抱いたのか? 夜な夜なそこの男を泣かせているみたいに」
ベイネを庇っているサリへゴランが顎をしゃくった。が、その厭らしい顔に、すぐアタシの拳骨が見舞う。ゴランが吹っ飛ぶと共に、三人の男が飛びかかってきたけど、所詮ベルガの敵じゃない。大した活劇にもならない内に、彼らは伸びた主人を抱えて退散して行った。
「ユディア、あなたって、やっぱりスゴいわあ!」感嘆したベイネの声が心配に変わる。「いけない! 大丈夫? サリ」
頷いたサリの左頬が腫れ、切れた口端から血が出ていた。
「私を庇って殴られたの」
ベイネの言葉に怒りが増し、奴らを追おうとしたところへ腕をサリに掴まれる。
「もう、いい。大したことはない」
穏やかな笑みだったが、掴んだ力の強さが意外だった。サリはアタシの怒りを宥めるように、ついばむような口付けを幾度も重ねた。
店が片付いた頃には、陽もとっぷりと暮れ、ベイネが急いで二軒先の下宿に帰っていく。窓のカーテンを引いたサリが、奥へ入って灯りのスイッチを消し、アタシは暗くなった店前の通りを見回した。扉を閉めようとした手が、ぎょっとして止まる。
少し離れた街角に黒い男の影が浮かび、じっとこちらを見つめていた。
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