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中学二年の秋。
僕は事故とやらが原因で、その頃は病院に入院していたんだ。
◇ ◇ ◇
「あ、先生。もう来てたんだ? あーあ、今日こそは僕が先だと思ったのに」
病院の庭。
黄金色の銀杏の木の下で、先生は優しく微笑んでいる。
柔らかな茶色の髪。優しげな茶色い瞳。
柔和な顔立ちをした先生の表情は、とても清らかだ。
その手には開かれたスケッチブックと、鉛筆。
先生の隣に腰掛けて、僕はスケッチブックを覗く。
「あ、紅葉?」
呟いた言葉に、先生は首を横に振った。
得意気な顔をして、自分の手を指差す。
「あ、え!? 手のひら?」
思わず叫んだ所で、先生は嬉しそうな顔。
つまり、それは正解ということで……
「先生、相変わらず絵下手だね。どう見ても手には――あぁ、形が似てるだけマシか」
僕は嫌みを言ったつもりだったのに、先生の顔に浮かんだのは照れた表情。
何故照れるのか、理解できない。
いつもそうやって調子を狂わせられるんだ。
浮かべる表情は先生の方が子どもっぽいのに、まるで僕の方が子どものような気がしてくる。
否、実際僕の方が子ども何だけど……。
先生はふと、思い出したようにスケッチブックに何かを書き込む。
多分、いつもと同じ言葉。
『体の調子はどうですか?』
少しまるっとした文字が、先生らしい。
僕は笑って応える。
「何ともないよ。僕のは、事故のショックによる軽い記憶喪失だから――って、前にも言ったでしょ?」
『それは良かった』
満面の笑顔。
それがとっても、くすぐったい。
誤魔化す為にも、僕は早口で言葉を吐き出す。
「先生は? その、声……まだ治らないの?」
『私も君と同じですよ。事故のショックによる、軽い後遺症です』
ふわっとした笑顔。
少し悪戯っぽい表情が瞳に浮かんでいた。
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