言葉の魔法使い

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  『僕は言葉を声に出すことはできないけれど、言葉を紡ぎ、綴ることはできるよ』  優しい顔で、先生は言う。  スケッチブックの文字も優しい。  そこにあるのは、先生の言葉だ。 『言葉は、気持ちを伝えるためにあるんだよ』  目を閉じて、先生は自分の胸に手を当てる。  それから僕を見て、ポンポンと胸を軽く叩く。  そして、その手が僕に向けられた。 “心を届けるために”  多分、そう言いたいんだろう。  ぽろりと、涙が零れ落ちた。  それに驚いて、目を見開いて。  僕は納得した。  先生は確かに、魔法使いだ。  声が無くても、スケッチブックが無くても、先生の言いたい言葉はしっかりと伝わって来たから。  声にしなくても、伝わる言葉がある。  例えば、動作から。例えば、表情から。  先生は僕に言葉を伝えようとしていた。  そして、多分。僕にはそれが分かっていたんだ。  嬉しそうに。優しげに。柔らかく。頬を膨らませて。  そこには、先生が伝えたかった言葉がたくさん。  そこには、先生が伝えたかった言葉がわかりやすく。  僕は確かに、先生の言葉を感じとっていた。  僕は笑って、立ち上がる。  先生に笑顔を返して、大きく手を振った。 “また、明日”  先生も笑顔で手を振り返してくる。  
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