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しばらく見つめ合って、…ううん、語弊があるかな。
だって、涙で顔がよく見えないんだもん。
とにかく、高ぶった感情が治まるのを互いに待って、やっと春の顔を認識した私は、笑った。
春も同じように照れた笑いをしていた。
「ちょっと恥ずかしいね」
同じ制服を来た人達が、私達を敬遠しながら歩いていく。
「ちょっとじゃないよ」
春もうんと恥ずかしそうな顔をして、「行こうか」と私を促す。
私は頷いて、春と一緒に歩きだした。
駅までの道のりは約二十分。
その間、私達はずっと無言だった。
何を話せばいいのかわからないし、話したいとも思わなくて。
しいて言うなら、私はこの『間』を楽しんでいるのだと思う。
春がどうなのかはわからないけれど、私は言葉のない、春との会話を心地よく感じていた。
駅につき、電車に乗る。
流れていく景色を眺めながら、これからの三年間、毎日この景色を見るのだと、しみじみ感じていた。
「………桜」
不意に春がぽつりと呟いた。
「何?」
「桜、散っちゃって残念だったな」
そんな言葉に、バス遠足を思い出した。
春も桜に惹かれてこの学校に来たのだと思う。
「来年見れるからいいよ。再来年も」
そう言って春を見ると、「そうだな」と言って笑みを返してくれた。
やっぱ、春は春なんだなぁ。
変わらないこの距離感は、私を小学生に戻してしまう。
でも、十五歳の私が戻り切らずにいて、もやもやとした不快な感覚に、私は春から視線をそらした。
子供の春と、身体だけは大人の春。
春の目に私はどんな風に映っているんだろう。
転校してしまった頃より胸も膨らんで生理も来た。
つまりは『女』になりつつある。
あの頃は男も女も関係なかった。
少なくとも私はそうだった。
でも、今は……。
春を男として意識してしまう。
意識してしまう事が悪い事のようで、自分に対して気持ち悪く思う。
それもこれも、きっと全部春のせい。
だって、ファーストキスは奪うし、触り方が、エロいんだもん。
私が女で春が男なのだと、意識させられちゃう。
春を男として意識したくない自分がいる。
だって、意識してしまったら『男』と『女』ていう、線引きをしてしまいそうで。
そんなの嫌だし、必要ない。
春は春で私は私。それ以下もそれ以上も受け入れたくなかった。
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