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「また、イチャイチャしてる」 そんな声を遠くで聞いても何とも思わなかった。 エプロンと三角巾を持って家庭科室に移動する時も、いつものように春は隣にいた。 「うう、気が重いよ」 「大丈夫、大丈夫。身だけだから」 そんな慰めは、家庭科の授業が始まった途端、何の意味も成さなかったことを知る。 「今日はさばの味噌煮を作ります。ありがたい事に、魚屋さんである、山本さんのお父さんから、こんな立派なさばを提供してもらいました」 輝くような笑顔で話す先生の前には、大きな丸ごとのさばが、六匹、いた。 くら、と眩暈を起こす私の背を春が支える。 「………無理」 「うん。切り身まで僕がやるからあずは目をつむってればいいよ」 春はそう言ってくれたけど、班のメンバーは甘くはなかった。 「木下、ずるはダメだぞ」 「そーだそーだ」 「私だって魚なんて触りたくないんだからね」 あはは。 皆さん、お優しい。 私の苦手な物を克服するお手伝いをしてくださってる。 な、わけないじゃーん! 明らかな嫌がらせ。 男子は、嫌がる私を面白がって。 女子は、春に好意を持っているが為の嫌がらせ。 「春海くーん、私もこわーい」 うそつけ。あんたが修学旅行で頭からめざしを食べてたの、知ってるよ? 正面の調理台の上にどん、と置かれたさば。 全員集合がかかり、先生のまわりをみんなが囲む中、私は一歩下がってそれから目を逸らしていた。 「はーい。じゃ、先生が今からさばくから、見ていてね。どうにも無理なら手伝うからね」 小学生に魚をさばくところからの調理実習なんて、あり? ひたすら下を見ていると、女子から悲鳴があがった。 「水でぬめりを落としたら、こうして頭を落とします。やわらかいから押して切らないようにね」 そう、先生が言った直後にあがった悲鳴。 周りの子の言葉から、血が沢山出ての悲鳴なのだと知る。 「次にはらわたを出します」 途端、またしても悲鳴。 ああ、スプラッタなんだろうな。 見たくない。 ずっと、床を見つめたまま、先生の説明を聞いていた。 「はい、一度やってみてください。わからなかったら聞いてね」 一同、移動する。 春は私の手を引いて、班の調理台に導いた。 「頭がなくなるまでめをつむっててね。今から魚が来るからね」 私は慌てて目をつむった。 .
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