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私達が着替えて厨房へ降りていくと、お父さんもお母さんも、従業員の二人もホッとした顔を見せた。
「一馬とゆかりはホール出て。私は厨房。春は皿洗いね」
指示をして一馬とゆかりが返事をしてホールへ向かう中、春は「俺だけ下っぱみたい」とこぼしながら、食洗機へと向かう。
「使い方教えるね」
業務用の食洗機は家庭のものより大きいだけなのだが、油ものやソースが多いので一度軽く洗う必要がある。
大きなシンクに、洗剤の混ざった水と共に蓄まっている皿を、拾い上げ、スポンジで軽くこすり、食洗機の中に立てて置いていく。
「予備洗いだから、こんな感じ。で、こうして蓋を下ろして、ブザーが鳴ったら上げてこっちにお皿を移動させる。
熱いから気をつけてね。わからなかったら言って」
頷く春を確認して、私はお父さんの元に向かう。
「順番に休憩どうぞ」
とは言っても、メインで調理できるのは、お父さんとお母さん、そして今ホールに借り出されてる相原さんで、私は補佐しかできない。
「元哉(もとや)、休憩行ってこい」
一馬たちが来たから厨房に戻ってきた相原さんは、お父さんを見やり、「ウス」と小さく返事をした。
「相原さん、二階にご飯あるから食べて」
私がそう言うと、返事の代わりに私の頭をポン、と叩いて二階へ向かう。
相原さんは無愛想なところがあって、あんまり笑わない。
調理師の免許を持っていて、ホテルで働いていたのに辞めてしまい、うちに来た変り者。
だってね、ホテルとうちとじゃ給料が倍近く違うんだって。
私はあの無愛想のせいで辞めさせられたと思っているのだけど、辞めてしまった本当の理由は知らない。
けどね、私は相原さんが優しい人な事を知ってる。
時々しか見ないけど、とろけそうな、うんと優しい顔で微笑んでいるのを見かけた事がある。
綺麗に仕上がった料理に対してだけど。
とにかく料理馬鹿で変人であるのは間違いない。
嫌いじゃないんだけどね、職人魂とかさ。
二階に上がっていく相原さんを見送って、私はお父さんの手伝いを始めた。
それを春がじっと見ていたのを少しも気付かないで。
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