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「返してっ」
そう言って唇を尖らすと、春は渋々といった体で唐揚げを返してくれた。
………でも、
「はい、あず、あーん」
………はい?
目の前に唐揚げ。
春がにこにこしながら箸を私に向けている。
「……………」
「ほら、返してほしいんだろ?…あーん。嫌なら返さないぞ?」
くっ。なんだって私がこんな脅されるようなまね…。
でも、あれは昨日から漬けこんで作った唐揚げで、やっぱ時間を掛けて作ったものはそれなりの愛着を感じるもので……。
たかが唐揚げ、されど唐揚げ。
迷って、迷って、私は目の前の唐揚げをぱくり、といただいた。
………おいしい。やっぱりおいしい。
でも、純粋に味わえないのはなんでだろう。
食べさせてもらった恥ずかしさ?
春の思い通りにさせられた憤り?
わからないけど、私の顔が赤いのは確かだ。
もぐもぐと咀嚼して、飲み込むと、春を見やった。
「あず、美味しい?」
「美味しいよ」
「良かったね」
「……私が作ったんですけど?」
満面の笑顔を訝しんで見やる。
「違うよ。みんなと一緒にお弁当食べれて良かったね、て意味」
そっちか。
確かにあの時のお弁当は、おいしくなかった。
お母さんが好物ばかり入れてくれたのにも関わらず、だ。
「うん、そうだね。良かったよ」
あの頃と同じように、二人の友人には置いて行かれたけど、春は変わらず傍にいてくれた。
「……もしかしてずっと気にしてた、とか?」
バスの中でも、次の日も、消沈していた春を思い出す。
「まーな。無理したのはあずの責任だとしても、気付いてやれなくて、無理をさせてしまった心残り、だな」
遠い目をしている春も、思い出しているのかもしれない。
でも、春が責任感じる事なんて、全然ないのに。
「春、これあげる」
私は南瓜のひき肉煮を箸で摘んで春のお弁当箱に入れた。
「あと、これも」
焼き海苔を挟んだ出汁巻き玉子も放る。
どっちも春の好きなもの。
唐揚げなんかより、好きだったの、私は憶えている。
なんで春の好物ばかり作ってしまったのかはわからない。
たまたまだと思ってる。けれど、同じ符号の多さに、あの頃を思い出し、春に伝えたかったのかもしれない。
「春、今日もあの時も、付き合ってくれてありがとう」
と。
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