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「………ぅわぁ。あずが十和田に優しいの、初めて見たかも」
「まさかと思うけど、十和田に落ちちゃったの?言っとくけど、あず、それあれだよ?ストックホルムシンドロームってやつだよ?」
「俺は犯罪者か」
すかさず突っ込む春に、私は吹き出した。
「あはは。葉月、よくそんな言葉知ってたね」
「あず、あんた私の頭ん中、筋肉でできてると思ってるでしょ。美穂とは違うんだからね」
「はぁ?葉月の方が筋肉バカでしょうが」
バトルしだした二人を眺めながら、私は再びお弁当をつつきだした。
二人がこれを始めると長いんだよね。
毎度、毎度の事で見慣れてしまっている私は、春にもお弁当を促した。
「食べちゃって、ごろんてしようよ。春、そういうの好きだったでしょ?」
小学校の頃、遠足とか外でお弁当を食べた後、春は必ず寝転がって空を見てた。
特にこんな晴れた日は、雲の流れを楽しんで、その後散歩に私を誘った。
花や虫、とにかく自然と戯れて。
春が先生で私が生徒みたいに、色々教えてくれた。
今思い出しても、春は博識だったなぁ。
食べ終えて、レジャーシートの上に寝転がった。
春も同じように横になる。
黙って空を眺めていると、いつの間にか言い合いをやめた二人が、ソフトボールの話をしながらお弁当を食べていた。
「…………」
「…………」
のどかだなぁ。
お腹もいっぱい。
程よい暖かさ。
おいしい空気。
当然眠くなる。
同級生の楽しげに騒ぐ声も、心地よくて。
瞼が降りて視界を奪っていく。
それに逆らえる人がいるだろうか。
三大欲求のうち、食欲は満たされて。
睡眠欲はこれから満たして。
あれ?もう一つ何だっけ。
えーと、食欲、睡眠欲、………思い出せない。
「性欲」
ああ、そうだ。そうだった。でも、私にはないから関係ない。
私には二大欲求しかないってことなんだ。
だったら、食欲が満たされたら眠くなるのは当然だね。
「あずは子供だな」
「きっと初恋もまだなんだよ」
どこか遠いところでそんな声が聞こえる。
失敬だな。
でも、反論する間もなく、私の意識はなくなっていった。
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