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漠然としていた未来が、春の一言で変わろうとしている。 もし、料理の才能が私にあるのなら、私はそれを磨きたい。 なくても好きなのだから、努力すればそれなりの料理人にはなれるのかもしれない。 いつか、貰った包丁を使いこなし、お父さんのように研いで形が変わるまで愛用できれば。 そんな格好いい未来に思いを馳せる。 「もっとうまくなったら、春、私の作った鯖の味噌煮食べてくれる?」 問えば穏やかな笑みが返ってきた。 それを肯定ととって、私は嬉しくなって笑みをこぼした。 「その前に期末だろ?」 「ああ、もう思い出させないでよ」 せっかくのいい気分が台無しだ。 唇を尖らせて不満を口にした私を、春は「頑張れよ」と、頭をぽんぽんと叩く。 他人事だな、本当。 余裕綽々な感じが癪に触る。 「言われなくても頑張るよ」 そう言って、混みあってる電車内で、春の足に膝蹴りを食らわせてやった。 その応援してくれた春は、期末テストの一日目を欠席した。 理由なんて知らない。 だって、話さないんだもん。 私も深く追求しなかった。 春には春の事情があるんだろうし、本人の話さないそれを訊きだそうとする程、探求心が強いわけでもない。 結果、春の順位はガタ落ちしたし、私は現状維持を保った。 ただそれだけ。 気にならないと言ったら、嘘になるけどね。 だって、テストだよ? 成績決まっちゃうんだよ? でも、先生たちも休んだ春に何も言わなかったし、追試は満点だったし、まぁ、いいのかな。 ほら、春のほうが全然気にしてない。 下校するために校門へ向かう途中、プールで部活に勤しむ春が、私に気付いて手を振っている。 犬みたいだなぁ。 満面の笑顔で、ぶんぶんと振る手が、尻尾を想像させる。 「あずー、気を付けてなー」 「春も、頑張ってね」 「おぅ!」 もうすぐ夏休み。 あー、日射しが痛いなぁ。 春も、美穂も、葉月も、ゆかりも、一馬も。 みーんな真っ黒に日焼けしていく中、私だけ白いまま。 ほんの少しだけ置いていかれるような淋しさを感じさせるけど、私は私で夢中になれるものが屋内なのだからいいのだと、学校を後にした。 .
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