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昼食を終えて、春と一緒に私の部屋で宿題をするのが、最近の日課になっていた。 張り手を食らわせるという再会から始まった私たちの関係は、徐々に接近して今では昔の関係に戻りつつある。 でも、どうしても素直になれない部分もあって。 きっとそれは、春の態度にあるのだと思う。 だって、昔の春は私のテリトリーにずかずかと入り込むような事はしなかった。 子供のくせにそういう人との距離感をとるのに長けていて、私を不快にさせたりはあまりしなかった。 今の春は、そんな事お構いなしにどんどん入り込んでくる。 気の置けない、と言えば聞こえがいいけど、そこまでの仲とはちょっと違う気がするんだよね。 「ねー、春。こうも人のうちに入り浸って、おばさん何も言わないの?」 「ん、言わないよ。ちゃんとあずんとこ行くって言ってあるし、子供じゃないんだからさ」 「ふーん、おばさん元気?私会ってないけど」 入学式の日、私も春も親に先に帰られて一緒に下校したのを思い出す。 ついでにキスも思い出して、またムカムカが込み上げてきた。 「いてっ」 とりあえず、そのムカムカは本人にぶつけておく事にした。 「いきなり横っ腹にグーパンチはないだろ」 「春のお腹ガチガチだから平気でしょ」 多分、私の手の方が痛い。 手首、グキッていったもん。 「理由を言えよ。その位の権利あるだろ」 「春にムカついたからに決まってるじゃん」 「だから、俺の何にムカついたんだよ」 「………入学式」 「は?どんだけ前だよ。あぁ、キスか?思い出してんの?やらしーなぁ」 途端、春がにやにやするから余計にムカムカしてきて、もう一発殴る。 「いたっ」 今度はしっかりお腹に力を入れてた春のせいで、私の手首に激痛が走った。 「あずは本当馬鹿だな」 見せてみろ、と私の腕をとる。 ぐにぐにと手首をいじって、安心したように、春は私の手を解放した。 「酷くはないみたいだから、痛かったら湿布でも貼っとけ」 そう言って、テーブルに広げたノートに目をやった。 それからしばらく勉強して、春は帰っていった。 けれど、今日はいつもと違って、外で春と一馬とゆかりが会っていた事を、私は知らなかった。 その三人が、普段見ないほど真顔であった事も、私は知らない。 .
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