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プリコンが終わるまで一馬は帰ってこなかった。 文化祭最大のイベントであるプリコンが終わると、観客席にいた人達も出口へと殺到する。 それを見やって、私達はもう少し出口が空くまで待つ事にした。 その時だった。 「千尋ちゃん!」 葉月が出口に向かう人達に叫んだ。 初めて聞く名前。 知り合いでもいたのかな。 でも、葉月の声音は単なる知り合いを見つけたのとは違う、切羽詰まったような声だった。 多分、その『千尋』とか言う人なのだろう。 大人の女の人がゆっくりと振り返り、葉月を見て驚いた顔をした。 そして、席の間の階段をこちらに向かって下りてくる。 葉月は待ちきれないように、千尋さんに向かって走りだした。 「葉月ちゃん、久しぶりだね」 少し困ったような笑顔。 セミロングの髪の隙間に大きな傷跡。 同じように鎖骨の辺りにも縫った跡が見えた。 この人は強い人なんだろうな。 全然知らない人だけれど、こんな大きな傷跡を隠しもせず堂々としているのは凄いと思った。 一見、葉月がどついたら倒れそうなんだけど。 ほら。 走り寄った葉月が抱きついた拍子に、千尋さんは後ろに倒れかけた。 それを、後ろから支えたのはさらに大人の男性だった。 うわぁ、インテリ系イケメンだ。 「千尋ちゃん!どうしておにぃと別れちゃったの!」 葉月が叫んだ言葉に、私も春も美穂も、絶句した。 「そのせいであんな変な女が、嫌だぁ!」 「ちょっ、葉月ちゃん、落ち着いて」 「千尋ちゃん、おにぃとより戻してよ。あの女がお姉ちゃんになるの嫌だよ!」 千尋さんに抱きついたままわんわん泣き出した葉月を、そっと抱き締めながら千尋さんは後ろに立つ男の人に苦笑した。 「有くんの妹なの」 「そう」 声までイケメン、違う、イケボイス?だ。 「葉月ちゃん、ごめんね。私、もう結婚してるの、この人と」 刹那、ばっと顔を上げた葉月の表情は、夢に出てきそうなほど、怖かった。 「千尋ちゃんを返して!」 いやいや、端から聞いてるだけでも葉月の言い分は無理だよ。 「葉月、いい加減にしなよ」 美穂が葉月のもとへ向かう。 私も春もそれに続いた。 「初めまして、葉月の友達で岡本美穂って言います。あなたの事は葉月からよく聞いていました。 葉月は今ちょっと情緒不安定で、ご迷惑をおかけして本当にすみません。 ほら、葉月、離れて」 .
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