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春には春の事情があるんだ。
友達と思っていなかったからじゃない。
大した理由があった、それがわかっただけで十分嬉しかった。
全く気にならないわけじゃないんだけどね。
不意に手元が陰って、春が触れそうなくらい傍に来た。
「春?」
いつもと違う様子に、私は春を見上げようと顔を上げる。
「ち、ちょっと春!」
「なぁ、あずは小学生の時の俺と今の俺どっちが好き?」
「はい?」
声が引っ繰り返ってしまったのは仕方ないと思う。
だって急に後ろから抱きついてくるんだもん。
しかもわけのわからない質問を添えて。
「どっち?」
重ねられた言葉に、私は春の顔をぐいっと押しやった。
「近いっ」
「ぐぇ…っ」
カエルのつぶれたような春の声に私は噴いちゃった。
「は、春~…」
「あずのせいだろ」
「違うよっ。春が急に変な事するから!」
「変な事?って、これ?」
また抱きついてきた春から、身を捩って逃げ出そうと私は躍起になった。
けれど、春は私をきつく抱き締めたまま。
男の力に適うはずもない。
「あず…」
「春、放してよ」
巻き付いた腕に手を掛けて、私は外そうと指に力をこめた。
けれどやっぱり外れない。
「なぁ、俺たちも付き合わね?」
「は?」
春の腕を掴んだまま、フリーズする私に、春はもう一度言った。
「付き合おうよ、俺と」
「な、何馬鹿なこと言ってんの!」
かなり動揺する私。
思わず怒鳴るように言っちゃった。
「……だよな」
「そういう冗談嫌いなんだから!」
刹那、ぎゅっと抱き締める力が強くなった。
「春っ、いい加減にして!」
こういう事は好きじゃない。
自分でなければ平気だけど、自分の色事は本当に苦手。
「………なぁ、あず。ちゃんと答えろよ。昔の俺と今の俺、どっちが好き?」
どうしても答えさせたいらしい。
きっと答えるまで放してもらえないだろう。
答えなんて決まってる。
あの頃の春ならこんな事絶対にしない。
「昔の春だよ」
すると、春は私を抱き締める腕を緩めた。
「そっか。悪いな邪魔して」
そう言ってリビングのソファーへさっさと行ってしまう。
何もなかったようにテレビを見だした春を、私は落ち着かない気持ちで見つめていた。
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