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「そうだな。借りを返すなら今ってことだな」
僕はジャージの袖を捲り、師匠に作戦を伝えた。
「ふっ、ははははは。だから私はお前が好きなんだ、良太」
師匠は快く引き受けて、手紙を持ったまま矢部とは反対方向へ歩いて行った。
これでよし。
何、簡単な作戦だ。
僕はあいつに、真正面から喧嘩を売ってくるだけでいい。
「探し物か、矢部?」
わざと大きな足音を立て、わざと高圧的な声を出し、僕は必死になって草をかき分ける矢部に話しかけた。
「あん?裏木、何の用だよ?」
僕の存在に気付き、矢部は慌てて立ち上がった。
「こんなところで一人で何やってんのかなーと思ってさ」
「うるせぇ、てめえには関係ねえよ!消えろ」
「あれ?そんな口きいていいのか?お前がここで煙草吸ってたこと先生に言っちゃうよ?」
「ああ?んだとてめえ。あんま調子こいてんじゃねぇぞ?」
「威嚇したって意味ないぞ?俺が矢部は煙草吸ってるって先生に言えば、お前はすぐ停学だからな」
僕ののべっとした纏わりつくような脅し方に苛立ちを覚えたのか、矢部は鞄を投げ捨ててこちらに歩み寄って来た。
「だから、お前は不良劣等生なんだよ。あの女がいなきゃ、お前なんざ怖くねぇっつうの!」
そして二分後、実にあっけなく、僕と矢部の喧嘩は幕を閉じた。
「ったく、俺はお前の相手なんかしてる場合じゃねぇってのに」
地面に転がった僕に八つ当たりの一蹴りを入れると、乱暴に鞄を拾い上げ、矢部は第二体育館裏から立ち去った。
「見てたと思うが、ちゃんと奴の鞄の中に手紙を入れておいたぞ。実に無様な借りの返し方だな、良太」
物陰から姿を現した師匠は笑顔でそう言うと、大の字に寝転ぶ僕に手を差し伸べた。
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