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「これ、もっと早く気付けばよかったね」
母さんのその言葉と表情で、僕は箱の中身を思い出した。
「それ、兄さんにあげるはずだった……」
僕の兄、善人(よしと)が県内一の名門進学校に合格し、そのお祝いにと母さんが用意した品だった。
結局その包みが開けられることはなく、今まで持て余していた品。
「善人には渡せなかったけど、だからって捨てちゃうのは勿体ないもんね。折角だから、使ってくれると嬉しいな」
兄さんを失ってから五年。
母さんは確実に、前に進めているようだった。
「はぁ、なんだよ。また兄貴のお下がりかよ。これだから次男は嫌なんだよ」
僕はその箱を受け取り、包みを綺麗に剥がし、中の物を取り出した。
「そう言いつつも受け取ってくれるんだもんね~。りょーちゃんは本当に優しい子だねぇ」
「うるせぇ!勿体ねぇから使うだけだ!」
「うん。大切にしてね、りょーちゃん」
僕は舌打ちをして、母さんの笑顔から目を逸らした。
「当たり前だろうが。クソババア」
新品の財布はとても手触りが良く、今まで使っていたものより全然大きくて、中に何も入っていないのに、何故か重たく感じた。
財布の中身を入れ替えたところで、洗濯機が止まり、さっさと洗濯物を干して、僕は急ぎ足で学校へ向かった。
何故だか分からないけど、今日は何だか無性に、放課後に師匠を誘って買い食いでもしてみたい気分になった。
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