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そう言って神足豊が案内したのは、真ん中に見事な飾りつけのされた大きな樹がある広場だった。如何にもそういった、相思相愛の男女が訪れそうな場所で、実際に肩を組んだ恋人達の姿が幾つもある。成る程これは確かにロマンチックで、然り気無く此処へ誘う神足豊は実に男らしい。
「どうです、綺麗でしょう?」
「うん、貴方が自信満々に案内してくれただけの事はある」
実を言えば、私はこういった、子供らしく楽しめる物が大好きなのである。七夕や七五三、雛祭りにクリスマス。幼い頃より、毎年楽しみにしていたものだ。生憎な事に今年はすっかり忘れていたが、これはこれで満足のいくクリスマスになった。
お礼を言わなくてはいけないなと思い、煌めくクリスマスツリーを絶え間無く見つめていた顔を彼の方へ向ける。神足豊も丁度こちらを向き、どうした事か一瞬顔を強張らせ、「水守さん」と固い声で私を呼んで肩に手を置いた。
「どうした、神足さん」等という呼び掛けがまるで聞こえていない様に、彼は強張った面持ちのまま瞼を閉じーーゆっくりと、緩慢に、顔を近付けてきた。
咄嗟の事に私までも体を固くしてしまう。が……この男、何を勘違いしてこの様な行為に出ようというのか。それを思うと呆れ、憤り、私は静かに腕を上げて神足豊の口を掌で抑え、目を見開いて驚きの表情を浮かべた彼に出来得る限り優しく微笑みかけ、
「ーー調子に乗るな、発情期真っ盛りのエロ猿が」
「……っ!?」
罵倒とともに、履いていたハイヒールの踵で思い切り足の甲を踏みつけてやった。
神足豊は口を抑えられていたので叫ぶ事もできず、一瞬腑抜けた様な顔をした後、漸く痛みを感じたとばかりに私の肩から手を離して跳び跳ねる。そこに先程までの良き紳士の面影は微塵もない。
「み、水守さん……!? な、何をっ」
「煩い黙れ呼吸をするな大気が汚れるそして近寄るな気持ち悪いヘドが出る」
矢継ぎ早の罵詈雑言に、神足豊は息をするのも忘れたかの様に目を剥き、間抜けな金魚の如く口を開閉する。
「何を勘違いしているのか知らんが、私は出会ったばかりの貴様に唇をやる程軽い女ではない。全く……中々どうして良い友人になれそうだと思ったのだがな。それこそ勘違いだったようだ。では、私はこれで失礼する」
「み、水守さん!」
半ば悲鳴とも取れる声を無視し、足早に広場を後にする。
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