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常軌を逸した一連の出来事に言葉を失っていたセレスは、地を踏み締める微かな足音に視線を上げた。
漆黒の衣を纏った長身の影が、薄闇の中でシルエットを描く。
光が生じさせる影ではない。
闇さえも支配するような、圧倒的な存在感。
【死】のイメージがあるとするなら、まさしくこう言う事だろう。
艶やかな黒髪の間から覗く温度のない金色の瞳は、まるで雪さえも温かいと思える程だ。
ダンケルハイトの中でも、凄まじい力を秘めている存在だと言う事が嫌でも察せられる。
「っ……」
ガチガチと、歯の根が合わない程の震えに見舞われ、セレスは満足に従わない身体を懸命に動かした。
だが、セレスが逃げ出そうとするよりも早く、顎の下に冷たい物が触れる。
男が身の丈を越える刀を易々と片手で操り、その切っ先が無遠慮に顔を上向けさせたのだ。
青白い肌は無機質で、優しさも穏やかさもない鋭利な美貌に見据えられれば、不穏な予感しか感じない。
少しでも動こうものなら、間違いなくこの切っ先は喉笛へと突き立てられてしまうだろう。
息をする事さえも憚られるような緊張感の中、セレスの肩口に視線を這わせた男が眉をひそめる。
回復が遅い肩の傷は未だに血を流し続け、熱いような痛みを発していた。
自分はここで、死ぬのだろうか……。
恐怖と混乱と激痛に、意識せず目の端が滲んだ。
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