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草木の合間に身を潜めたセレスの直ぐ側で、男達の声が聞こえる。
ドクドクと脈打つ心臓の音にさえ気付かれてしまいそうで、セレスは両手で口を覆って息を殺した。
頼むから、このまま諦めて立ち去って欲しかった。
そうでなければ、ならず者と言えど傷付けてしまわなければならなくなる。
自分が逃げれば回避出来る物なら、可能な限り無用な争いは避けたかった。
ローブの間から零れた長い髪が、暗がりの中にあっても存在を主張している。
このような外見をしているからこそ、なるべくなら戦いたくないと思うのは……セレスの弱さだろうか。
だが……
「なっ……何だ?あれ」
ギョッとしたような男の声が、異様な緊迫感に満たされる。
(え……?)
「ファントムじゃねぇ……っく、来るな……!うわっ……ぐあぁぁぁぁぁっ!!」
風を裂く音に続いて、恐怖に戦いた断末魔の悲鳴が響き渡る。
その瞬間、肉を抉り骨を砕くような音が相次いで木霊した。
「や、やめろ……!やめ……っぎ……があぁぁっ……!!」
(な……何……っ)
弾かれたように顔を覗かせたセレスは、目の前の光景に愕然と声を失った。
肉片と化した男と、右腕を喰らわれながらも間一髪で逃れた男の上に……【ソレ】は居た。
「腕が……腕がぁぁ……」
痛みにのたうつ男の悲鳴など物ともせず、巨大な牙が密集する大きな口を動かして肉を咀嚼しているのは、狼に良く似ている黒い魔物。
尋常ではない巨体でありながら、これ程近付くまで何の気配も感じさせなかったソレは、今まで見て来たどの魔物とも異なる姿をしている。
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