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しかし……
「…………っ」
長い沈黙の末に刀を下ろした男は、それを器用に逆手へと持ち直して歩み寄る。
直ぐ側まで来た男が膝を付くと、反射的にビクリと全身が竦み上がった。
襟足よりも長い黒髪が風に揺れ、ダンケルハイトの象徴と言うべきそれに呼吸が止まる。
何故こんな所に居るのかは定かではないけれど、ダンケルハイトはシュトラールよりも敵に対して容赦がない。
殺されるにしても、楽に死なせてはくれないだろう。
だが、男の口から発せられたのは、予想を遥かに裏切る内容だった。
「……大丈夫か?」
「へ……?」
抑揚に欠けた声音に尋ねられ、セレスは一瞬何を言われたのか解らなかった。
だが、セレスが声を詰まらせたのは、此方を気遣うような問いにではなく……。
【彼】と良く似た、その声だ。
少し掠れた低音に感情らしき物はないけれど、耳を疑わずにはいられない程に。
けれど、彼はそんなセレスに構う事なく手を伸ばし、肩口の血へと触れる。
「この血の匂いは、吸血種だな?長い事、血を飲んでいないみたいだが……」
細胞が回復する速度の遅さに的確な判断を下した男が、伏し目がちに囁く。
血の匂いだけで解るものなのかと、驚きを隠せなかったセレスだが、彼女は戸惑ったように頷いた。
それと同時に、もう一つの声が笑みを含んで木霊する。
「また無用な情けを掛けてるんですか?レヴィアスさん。仕事は早いくせに、そう言うところは相変わらずですね」
「っ……!?」
レヴィアスと呼ばれた男の後ろで、突如立ち上った影の合間から、一人の青年が前触れもなく姿を現した。
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