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手を休ませる事なく愚痴を零す女将に、セレスは薄く苦笑う。
このエーネゲルスで二大勢力と言うべきダンケルハイトと、シュトラールの終わりのない争いこそが、ファントムを生み出す最大にして唯一の原因と思えるのは……セレスばかりではないだろう。
戦争の度に、大多数の命が散る。輪廻の輪に還れなかった魂は不死者となって現世を彷徨い……その歪みが自然界の均衡を崩している。
「ごちそうさまでした」
曖昧に言葉を濁して金を置いたセレスは、黒いローブを目深に被って戸口へと向かう。
奇妙な出で立ちに、後片付けの手を止めた女将が胡散臭そうな一瞥をくれるも、セレスは構う事なく酒場を後にした。
これはセレスが、エーネゲルスで身を守る為の必需品。
狂った境界線が横たわるこの世界で生きるには、セレスの容姿はあまりにも特異だった。
ダンケルハイトに、白い髪は生まれない。
そして同時に、シュトラールに紅い瞳は生まれない。
そのどちらも有しているセレスは、人間の中で生きる事もまた出来なかった。
夕暮れの気配が近付く空を見上げ、彼女は眩しそうに瞳を細める。
あのような夢を見たせいだろうか……。
独りで仰ぎ見る空が、どこか物悲しく映るのは。
【セレス、お前の容姿は、魔と呼ばれる物の中に在ったとしても、異端と称されるものかも知れない。だからこそ……自らを誇れる強さを、持ちなさい】
セレスの行く末を案じてくれていた【彼】の声が、思い出すまでもなく蘇る。
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