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「今日も下に行ってきたの?」
「……うん」
サナギは少し答えにくそうにしながら、そう言った。下、というのは、この崖を下った先にある、街のことだ。サナギは時折そこへと出かけにいっている。
「サナギが誘ってくれれば、ボクもついていくのに」
「駄目よ。下にはたくさん毒があるんだから」
サナギは急に真剣な顔になりながら、ボクにそう言った。
「毒?」
「そうよ。毒。それはあなたには酷すぎるわ」
ボクは、ここにきてからというもの、一度も下に降りたことがない。つまりボクは、ここ以外どこも知らないのだ。
「ボクも行ってみたいのに」
ボクは、小さくそう声を漏らした。
ボクには、ここにくる以前の記憶が、全くない。どうしてここにいるのか、ボクは今までどうやって生きてきたのか、そういう記憶が一切ないのだ。
「いいのよ。**はここでこうして待っててくれれば」
サナギはそう言ってニコリと笑う。ボクは、それでもいいと思った。サナギと、こうして二人で暮らすことができれば。
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