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目が覚めて浴場へ向かえば、そこは男娼達が入れ替わり立ち替わり湯を浴びていた。こんな光景はもう慣れた。ここに来て十数年、今頃自分を売ったおっかさんは元気にやってるのだろうか?などとぼんやりと思う。
この大見世に来たのはまだ江戸の頃の話で、今よりも異人への抵抗は強かった。それに、物心ついた頃からおっかさんしか居なかったし、家は貧乏だったし、仕方ないとしか言えなかったんだ。異人の血を引く子供など周りから疎まれて当然だった。
それでもおっかさんはギリギリまで育ててくれたし、感謝してる。
だから、身売りで手に入った金を元に精々幸せになってくれりゃぁいい。そうすりゃ報われるってもんだ。
「お、エリーじゃん」
「ああ緋瀬、久しぶりだね」
声をかけてきたのは和千日堂の売れっ子花魁である緋瀬だった。彼もまた湯を浴びに来たのだろう。
「最近エリー、ますます売り上げが伸びてるんだって?」
「まあね、そうらしい」
素っ気なく答えてやれば彼は花のように笑う。いつみても人懐っこい表情をする。彼が和千日堂で二番手なのも頷ける。男の、しかも洋千日堂一番の人気花魁だと呼ばれる自分から見ても緋瀬は愛らしい。
「その内翠蘭姐さんと並んでもおかしくないんじゃないか?」
「翠蘭姐さんと……緋瀬、それは無理だよ、揚羽蝶なんかには敵いやしない」
「でも、女郎蜘蛛は蝶なんか食べてしまうもんでしょ」
「それは昆虫の話さ、あんな人には敵わない」
どんなに、どんなに、どんなに、頑張ったってあの人には敵わない。あの人は高嶺の花で、伝説の花魁だ。
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