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夜になり見世の提灯に火が灯る。雑魚寝部屋に居る半人前の男娼達は寒い寒いと愚痴りながら張り見世まで出ていった。格子の内側から外で目ぼしい花魁を探す女達に、興味あり気に通りかかる男達。それを窓から眺めながらエリーはため息をついた。
「エリック」
柔らかい声が聞こえた。急いで振り替えると其処には、にこやかに微笑む翠蘭が居る。
「……だめですよ、こんな所にきたら」
「どうして?」
にじりよる翠蘭にエリーは、一歩下がる。そんな事はお構い無しに翠蘭はエリーの頬へと手を伸ばした。
「それに、俺は今はエリーです」
「客はまだでしょう?」
優しく、慈しみながら頬を撫でられる。それだけで女郎蜘蛛と言うあだ名は形無しになるほどエリーは硬直してしまう。
「本名なんてここでは「しっー、遣り手の婆達に気づかれてしまう」と、翠蘭は人差し指をエリーの唇に当てた。
「翠蘭……」
「エリック、愛しい子」
そっと呟かれ、翠蘭は唇を寄せた。柔らかい唇がエリーの酸素を奪っていく。もどかしい様なそんな口付けに、考える力が抜けていく。抵抗する力もない。ただ身体中の神経すべてが蕩けていく。
ああ、いつだってこの人は突然だ。
「ねえ、エリック」
「っ、はぁ……なに?」
唇が離れて、これまで不足していた酸素が一気に補給される。それでもまだぼんやりとしたままエリーは答えた。
「私が養ってあげるから、ここをやめてしまいなさい」
「また、その話ですか?」
そっと宥めるように言う翠蘭をきつく睨む。それでも翠蘭は気にせず話を続けた。
「私が身請けする」
「そんな事したら、翠蘭が年季明けを待たなくちゃいけなくなる」
本当なら翠蘭はもうここに居る必要がない。年季はもう三年も前から明けていると言うのに。
「そんなのあっと言う間だよ、この三年間蓄えてたしね」
「だめです、俺は自分の力でここを出てく」
翠蘭は、エリーにとって翠蘭は幼い頃から憧れの存在だった。だからこそ、翠蘭には迷惑をかけたくない。大切な人だ、愛しい人だ。
「エリー、山岡様がお見えだよ!」
遣り手婆が大声をあげる。気がそこへ逸れた翠蘭の横を逃げるようにしてエリーはすれ違った。
「エリック」
「仕事、ですから」
笑えているだろうか、笑えて……。
部屋の外へ出て襖を閉じる。そしてエリーは客の元へとゆっくり向かった。
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