第一章:女郎蜘蛛

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 客室の一室、そこに山岡はいた。山岡はもう五年程、エリーの馴染み客で大層な金額を落としていってくれる。  エリーは山岡の隣に腰掛け媚びるように寄り添う。 「お久しぶりではありませんか、寂しかった」  甘えるような声と上目遣いで山岡を見れば気を良くしたのか優しく微笑んで頬を撫でる。ああ、あの人とは違う、ガサガサとした手だ。  その手は職人の手、山岡は鍛冶屋の親方なのだ。それもそこそこ儲かっているから羽振りもいい。 「少し仕事が立て込んじまってな、時代が変わったばっかだからよ」  困ったように笑った山岡にあわせて笑う。 「そうなんですか、てっきり俺を忘れてしまったのかと」 「なんでい、俺がそんな薄情に見えっかあ?」 「どこぞの……」 「ん?」 「どこぞかの、見世の小娘に現を抜かしてたって噂でしたよ」 「あー……」  気まずそうに、山岡は頭を掻く。普通、遊廓にはりっぱなしきたりがあり、女郎を抱くには三度通わなくてはならない。内二回は目当ての女郎とはほぼ喋れず三度目にしてようやく、客の名の入った膳と箸が用意され馴染みとしてその女郎と閨を共に出来る。  しかし二度の会瀬で女郎に気に入られなかったり十分な羽振りを見せなかったりすれば、馴染みになることは愚か、お断りされてしまう事もある。  その代わり、三度目の儀を終えると外に女房子供が居ても、廓の中ではその女郎が女房。他の見世の女郎にも同じ見世の女郎にも手出しをすれば、女郎からお叱りを受ける。下手すれば流血事件も起こりかねない。  それはどこの見世でも同で、尚且つ男娼でも同じことだ。ただ、違うとすれば、男遊びはダメでも女遊びは咎められない。逆もまたしかり。その上、今やそんな風潮もなくなりつつある。 「別に、怒ってやいませんけどね」 「おう……」 「寂しいですよ、俺だって」  含みを持たせて山岡を見れば、彼は視線を泳がせながらも満更ではないのか、口許が緩んでいた。 「今度から、もう少し俺の所に来てくださいね?」  そう耳許で囁くと、山岡は頬を紅潮とさせた。 「わかってるよエリー、本気はお前だけさ」  そして組み敷かれる。まだ夜は長い。
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