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――ラクヘレス聖都パレス近郊、《命の森》東側
新月の晩。
《要塞攻略基地》とは名ばかりの、大型馬車の中で一人の男が剣を研いでいた。
すぐ側には、不気味な巨犬が伏せている。
ふと、巨犬が頭を持ち上げて扉の方を向いた。
程なくして扉が開き、部下が入って来る。
「隊長!!」
彼を呼ぶの声に、男も顔を上げた。
「どうした?」
「子供が一人、パレスを出て行きました。我々の陣とは逆の方角に向かったようです。」
部下の報告に男は眉を潜めた。
しばしの沈黙の後、再び口を開く。
「…作戦まで時間が無い、障害にならないようなら捨て置け。」
「はっ!!」
扉の閉まる音を聴きながら男…ムトは、研ぎ終わった剣を鞘に納めた。
(子供、か…)
部下の報告にあった子供。
この国の人間である以上、残酷な運命を辿る事になるだろう。
顔も知らない子供の境遇に、自身の過去が重なった。
故郷を、家族を、変わらないと信じていた日常を奪われた時、彼はどうなるのだろうか。
絶望に殺されるか、あるいは自分の様に、復讐の為に戦場へ身を投じるのか。
(運命は、つくづく残酷だ。)
ほくそ笑んで呟く。
応えるかのように、篝火が小さく揺れた。
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