Music

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はっとしたように、少女は私のほうへ駆け寄り、手を取る。 「すごい!すごいです! 本当にお姫さまが歌ってるみたい、綺麗で…美しい!」 なんと純真な眼差しだろう。 嬉々として私の手を取るものだから、こうは思ってもみなかった。 「あれ、怒ってないの?」 こういうとき、大概の相手は塞ぎこんでこちらを睨むものだが……。 少々面食らい、私は少女へ訊ねる。 「どうして」 逆に聞き返されてしまった。 心よりの言葉……なのだろう。 全くの苛立たしさも厭らしさも、その言葉を裏返しても見当たらないのだから。 「素敵な音楽を歌うことが、人を傷つけるはずありませんわ」 にこやかな笑顔だった。 幼い、幼い笑顔だった。 私は、ありがとうと一言だけ、返した。 ……あぁ。 そういえば、この後の予定、忘れていた。 ーーーーー 今日は、ライブの予定があった。 総動員で人が波打つ、ワンマンツアーライブ。 3分前に会場に滑り込んだ私は、ここまで先の少女のことを思い出していた。 褐色の肌によく映える、くりくりとした翠の瞳に、身の丈ほどある青い髪を縛ったツインテール。 痩せ身ながら全身を纏っていた、獣のようにしなやかそうな筋肉。 そして、何よりも風変わりだったのは、彼女の被っていた帽子。 お伽噺ではお馴染みの、魔法帽だった。 あれを被って、果たして魔法の練習でもするつもりか。 勝ち気そうな彼女が。 そんなことを思うと、微笑ましい。 魔法帽を被ってお姫さまに憧れるというのも、ちゃんちゃら可笑しい話でもあるが。 彼女は例えるなら、そう。「水面のディーヴァ」。 流れるような蒼の長髪に、水というイメージは適任だ。 そして一度、彼女が歌を紡げばいつまでも水面を揺らす。 姫のような、甘く、幼い声で。 残響は繰り返し、心地よく響く。
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