手紙

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   吹き付ける潮風が髪を靡かせ視界を遮る。遮られたところで何も困らないほど、先ほどから景色はとんと変わらない。白波を幾重にも連ねる黒い海がただただ続いていた。  耳奥に直接響く汽笛のせいかこの激しい揺れのせいか、私の気分は不調続きだった。 「わかってるくせに」  自分に毒づいてみる。その口元が歪んだ笑みを作ったことがわかる。そうだ、私はわかっている。この気分の悪さは自分の中にあるということを。  塗装を重ねて凸凹になった手すりに手を置くと、その冷たさに思わず指が浮いた。思い直してそのまま縋るように握ると、ようやく自分が不安で仕方ないことに気づいてやれた。 「今更だよね。ほんとに今更……」  懺悔のような苦痛の声が、汽笛に紛れて自分の耳にさえ届かない。だからこんなにも素直に語れたのかもしれない。  どんなに嫌でも逃げたくても、この優秀な船は私を目的地に連れて行くだろう。この黒い海はしぶきを消さずに続くだろう。  私が決してそれを望んでなかったとしても……。  そもそも“あの島”のことなんて随分長いこと忘れていたのだ。幼い頃にたった数年しか過ごしていない小さな島。  コートのポケットに入ったままの手紙が私を導かなければ、もう一生訪れることのなかっただろう。私の心もまた、それをどこかで望んでいたのだから。 「間もなく到着です」  船のアナウンスが流れるまで気づかずにいたのは、島にずっと背を向けて立っていたせいだろう。  気怠げに振り向けば曇った白い空と、荒れた黒い海のはざまにポツンとした塊が浮いていた。  その造形が目に飛び込んだと同時に、視界がぐらりと歪んだ気がした。  行きたくない。  言葉に出来ない嫌悪感が身体を駆け上ったのに気づかないフリをして、目をしばたいた。  もうこうなってはどうしようもない。ポケットを上から叩くと、紙の擦れる乾いた音がした。
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