手紙

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 初冬の風は潮を含むと更に冷たさを増す。頬にかかった髪を指先で絡め取ると、独特な潮のベタつきを感じた。苛つくような懐かしいような感覚は覚えている証。 「ねぇ、泣いてるの?」  湿気を含んだ風と波音で勝手な孤独を感じていた私は、声を言葉として捉えることが出来なかった。 「?」  怪訝そうに眉根を寄せると、声の主を捜す。甲板に出ているのが自分だけだと思い込んでいた身にはただただ不審。  鈴を転がすような可愛らしい響きと落ち着いた声色が不思議なまでに不調和。 「泣いてるの?」  今度はハッキリと耳に残る声。 「ねぇ」  ここでようやく眼下の少女に気がついた。その驚くほど近い距離に思わず後ずさる。  いや、これまで気づかなかった自分の方が恐ろしい。鈍い鈍いと言われてきたがこれほどとは。 「なんでそんなこと聞くのかな?」  いつもより高めの柔らかい声を作ると少し屈んで少女の視線に合わせてやる。親が目を離した隙に外に出たのだろうか。 「もうすぐ着いちゃうよ。また泣いちゃうよ」  少女は私の言葉など完全に無視だ。全く近頃の子どもはと嘆く私は、もう年だろうか。  白いシャツに青いスカートを履いた少女は六つか七つくらいに見える。子ども特有の柔らかそうな頬と、大きな瞳が真剣に覗き込んでいる……私を。何なんだ一体。 「君はどこの子かな? お父さんは?」 「お姉さんはどこの子? お父さんは? ……お母さんは? ドコニイルノ?」  肌が寒気に泡立った。明らかに変だ。確かに変わった子ども。だがそれよりも。  何故か私の奥底に眠ったままの核心を鷲掴みにされたような嫌悪感が体中を這い上がる。もはや私の目に少女は映っていなかった。  駆け巡る数多の記憶が紐解かれていく。 「お父さんは? お母さんは?」  
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