手紙

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  「お父さんは? お母さんは?」  私の記憶に残る最初の言葉。幼い両肩に置かれた手は痛いくらいの力で揺さぶってきた。  その手が普段優しいのを知っているから、余計にその強さが違和感となる。  揺さぶられる視界の中、私の目はあらぬ方角を見つめていた。  人は誰でもトラウマの一つや二つ、暗い過去の幾重かは持っているもの。二十歳にもなればそんなもの持っていない人間の方が少ないだろう。  思い出そうとするとズキリと痛む、心の冷たい場所。人間はとても器用に出来ていて、その部分だけに鍵をして知らないフリで生きていけるもの。  私もまた例に漏れず上手に器用に生きていた。  痛いのも冷たいのも暗いのも怖いのも後回しにして。知らないフリをして。  ただ私の場合それがほんの少し周りより、痛くて冷たくて暗くて怖いから、ほんの少し上手に器用に知らないフリをしなければならないだけ。  だから私は幼い頃にそれを本能で感じとり、すぐに鍵をかけた。  医療が手を挙げて警察が音を上げる程に私は上手に器用に鍵をかけてみせた。  その日から私の記憶は綺麗に消えた。  警察が言うような一家惨殺事件の生き残りでも、医者が言うような強いショックによる記憶喪失になった少女でも……ない。  私は両肩を強く揺さぶられることによって初めて生まれた存在。それまでの“私”は“私”でなくなった。  知らない人が経験した不幸な事件など、まるでテレビの中の出来事で、可哀相だなと無責任な同情を投げかける対象なだけ。  だからこの手紙が届くまでの私は平気だった。  世の中にゴマンといる孤児と同じように施設で育ち、ごく普通の大学生として育った一人の女。  “私”のことだと皆が騒ぐニュースも雑誌も新聞も、私が無関係だと思えばただの情報。  それなのに。  それなのに……!  
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