第1章

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「あ、彩音」 「なに?」 「なんで僕の名前を…」 聞くと、彩音はクスリと笑い、塀のトランペットを手に取った。 「さぁ、なんででしょう」 いたずらっぽく笑い、楽器に口をつける。 「なんでって…」 なんでなんだ? 僕たちは今であったばかりだ。 それに僕は地味な存在。 そんな目立つようなことをして、人に名前を知られるようなことをしたわけではない。 尚且つこの学校はかなりの在校生がいたはずだ。 小さな学校ならいざ知れず、こんな大きな学校で僕の名前が知れ渡るはずがない。 眉を寄せ、考える僕を見て彩音は楽器から口をはずす。 「ヒントあげようか?」 悩む僕に彩音は小首をかしげほほ笑む。 僕は迷わず頷きヒントを聞こうとする。 「ヒントはね…」 「これ!」と彩音は手元の楽器、トランペットを指差した。 「トランペットがヒント?」 「うん」 一層わからなくなった。 なんでトランペットがヒント?! 謎を解くヒントがもらえると思ったら、逆に謎が深まった。 「…わから、ない?」 彩音がなんとなく不安そうな声を出す。 「うん、わからない」 きっぱりと告げると彩音は少し悲しげな目をして「そっか」と呟いた。 「で、どうして僕の名前知ってるの?」 「…和哉くんから聞いたんだ」 あいついつの間に声をかけたんだ…。 彩音は、再び楽器に口をつけて音を出した。 まっすぐな、きれいな音だな…。 「…彩音、その音高いよ」 僕がいったとたん、彩音は驚いたように目を瞬かせた。 「わかるんだ…」 「当たり前」 彩音に近づき、トランペットの前にたつ。 「もう一度出して」と言うと、彩音は小さく頷いて音を出した。 「あってるね」 「敦也くん、すごい」 「人間チューナーだね」と笑う彩音につられて僕も小さく笑った。 久しぶりに音を聴いたけど、鈍ってはないな。 小さく微笑み、嬉しさを覚える。 だが、それと同時に駆け巡る逆の感情。 背筋がゾクリと泡立ち、寒気がした。 「…敦也くん?」 心配そうな声にハッとする。 綾音が不安そうな顔で僕を見ていた。 「ごめん、ぼーっとしてた」 「大丈夫?汗かいてるけど…」 彩音に言われて気づく。 額を拭うとうっすらと汗が出ていた。 ドクンドクンと大きな音をたてる心臓。 …あぁ、もううるさいな。
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