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「…大丈夫、怖がらないで…でておいで」
少女はひとり暗い森の入り口に立ち、小さく呟いた。
「おいで…」
もう一度優しく呟き、そっと、手をのばす。
風は森の中へ吸い込まれるように吹き、森の木々は揺れ、まるで…少女に手招きでもしているかのようだ。
「…私を連れていってくれる?」
ふと、
何かの気配がした。
『それ』は…いや、『それ等』は、静かに落ち葉を踏みしめ、そっと、差し出された少女の手に…
「おい見ろよ!また何かやってんぞ!!」
突然、
背後から放たれた声に少女はビクリと身体を震わせた。
途端、彼女の周りを取り囲んでいた何かの気配が、一瞬にして消え失せた。
「っ…待って!行かないで…!!」
少女は必死に何かへしがみつこうとする。何もない空間で、少女はただひたすらにもがいていた。
その姿は、誰もが『異常』と認めざるを得ない、異質なものだった。
「やめろよアイツに近づくと死ぬぞ!」
「アイツは頭がイカれてやがんだよっ!」
「出ていけよ魔女!!」
次々と放たれる幼い暴言…村の少年達だ。異常と言われる少女を、こうして日々嘲っている。
「うわっ!こっち見たぞ!!」
もがくのをやめた少女は静かに振り返り、少年達を見た。
「何だよ!」
「……」
しかし少女は彼等に反論するわけでもなく、そっと無言で横を通り過ぎた。
「悪魔…」
すれ違う寸前、少年のひとりが呟いた。少女の足が、ピタリと止まる。
「母さんが言ってたんだ、魔女は悪魔を呼ぶんだって…」
その瞬間、
突如激しい突風が彼等を呑み込んだ。
「ぅわ…っ!」
生温い、悪寒を感じさせるその風は、唸りを上げて森から吹いている。
数秒後、ゆっくりと勢いを弱めた風は、木々のざわめきだけを残し、再び森の中へと吸い込まれていった。
それはまるで、何かが彼等を嘲笑っているかのようだった。
「…い、行こうぜ…っ!」
少年達は身震いし、村の中へと走り去っていく。だが、少女はもう一度森を見つめ、小さく呟いた。
「もう来たの…脅かし過ぎよ。木霊まで逃げてしまったじゃない…」
そして今度は睨むように空を見上げ、もう一言なにかを口にした。
だがその言葉は森のざわめきにかき消され、
そっと、
風の中へと消えていった。
少女の瞳は暗く、冷たかった。
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