少女と修道女

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教会を飛び出し、村を走り抜け、気がつけば、暗い、夜の森へと迷い込んでいた。 木のツタにつまづき、落ちた枯れ葉の中へ倒れ込んだ彼女は、改めてその腹を目の当たりにし、耐えきれぬ激痛を思い出した。 地にうずくまり、悲鳴にも似た呻きをあげ土をえぐりとる。 その時、彼女の目に、あの、少女の姿が映った。 「…アン…」 少女は冷気を帯びた瞳でこちらを見つめている。 「アン…そう、私はアン。貴女も同じ。私は貴女よ、アン。貴女は夢を見ていたの。ほら思い出して、幼かったあの日、森の中で悪魔の声を聞いた事」 冷ややかな声で少女は言う。修道女は既に言葉を発する事すらできず、ただ少女を見つめる事しかできない。 「契約を結んだのよ。貴女は悪魔の力を授かった。…もう十分でしょ?あれだけ殺したんだもの。そう、貴女を苦しめた、憎い人間達みんなね」 次第に遠のいていく意識の中、あの、地獄絵図にも似た情景が、再び脳裏に甦る。 そこには、振り向いた少女の視線の先に、一人の神父が立っていた。 そして 『見つけた…我等の力を宿す器…。千年の時は近い…復活は、阻止できぬぞ…』 低く、 耳に響く声を発したのち、少女はそのまま地に崩れ落ちた。 神父は静かに歩み寄り、少女の身体をそっと抱き上げた。 18年。 少女は、神父と二人、村を転々と行き渡る旅の暮らしをおくっていた。 決して楽とは言えぬ旅ではあったが、面倒見のいい神父との気ままな暮らしは、いつしか少女に過去の記憶を忘れさせた。 穏やかな日々… 少女は成長し、やがて神父の信仰を受け継ぐ身となった。 だがある日。 二人は深い森の中にいた。 どんなに歩いても、目的の出口は見当たらない。 そして、異変は起こり始めた。 『時はきた…』 ふいに立ち止まり、彼女が冷たく呟く声を神父は聞いた。 「アン…だめだ、森の声に耳を貸してならない…」 それは、この18年、来る日も来る日も神父が彼女に言い聞かせていた言葉だった。 「神父様…見て。悪魔があんなに集まってきている…もうじき、儀式が始まるわ…」 彼女の指差す空を、巨大な暗雲が覆い隠していく。神父は苦しげな顔でそれを見つめた。 「…私では…やはり力不足なのか……」 彼は小さく呟き、胸の十字架を強く、力をこめて握り締めた。 「ねえ…どうされたのかしらあのシスター。ここへ来てからずっと教会に籠りっきり」 「そうね…」
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