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廣幸はゆっくりと風呂の奥の方に向かって進んだ。
そして、歩きながら呟く。
「まったく、何だっていうんだ。誉も誉だ!! まったく見ず知らずの人間に声をかけて呼び寄せたあげく、大はしゃぎしやがって!! それから、あのクリオってやつだ。なんだかチャラチャラしていていけ好かない!! せっかくの温泉が台無しだ!! 温泉ってのはゆっくり楽しむものだと昔から相場が決まっている!!」
もちろん、廣幸は、他の四人には聞こえないように、ごくごく小さな声で呟く。
そして、そんなことを呟いているうちに、ようやく風呂の一番奥にたどり着いた。
四人の声が多少届くものの、すぐそばにいるよりもずっといい。
しかも、入口に近いところに比べると、湯船の近くまで雪が積もっていて、雰囲気もずいぶんいい。
もっとも、湯けむりで視界が悪く、ほとんど何も見えはしないのだが。
廣幸はたまたま傍に置いてあったかけ湯用の桶で身体にお湯を何度かかけてから、湯船に浸かった。
「やっぱり、温泉というのはこうでなくちゃ!! 本でも読みながら入ることができればさいこうなんだけど……」
廣幸はそんなことを呟きながら、湯の中で身体を伸ばす。
心地よさのあまり、大好きな数学の公式が廣幸の頭の中を駆け巡る。
余弦の加法定理だとか、ド・モアブルの定理だとか、メネラウスの定理だとか、そういったものが勝手に頭の中に浮かんでくる。
やがて、その一種の妄想はエスカレートし、頭の中で問題を組み立てて解き始める。
「たとえば、点A(x,y)を点B(X,Y)を中心にしてθ°回転させた点Cの座標はどのように表せるだろう……」
廣幸は呟く。
そして、考え始めると廣幸の口からは勝手に考えていることが漏れ出してしまう。
好きなことに熱中してしまうといつもそうなのだ。
「ふむ、この場合、複素平面上で考えた方がよさそうだな。そうするとA=x+yi、B=X+Yiで、このときC=α+βiとすると……」
廣幸の妄想は止まらない。
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