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「椎名くんおはよう!」
飛び出していった佐原と入れ替わりで登校してきたのは同じクラスの岩田 弥生だった。
「おはよ、岩田」
彼女も佐伯と同じく、中学時代からの友達だ。
「何か良いことでもあった?」
岩田はやたら機嫌が良さそうな顔で俺のところまで歩いてくる。
「ふふ、椎名くん鋭い。うん、そうなの。とっても良いことがあったんだ」
笑顔で頷く岩田はとても幸せそうに見える。
「そっか、ならよかった」
「うん!」
詳しくは聞かないが、岩田にとって良いことがあったなら俺も嬉しい。
「それにしても随分と遅刻ギリギリな登校だけど…さては寝坊でもした?」
「ううん、寝坊じゃないの。その…少しアレに手間取っちゃって」
「…アレ?」
「あっ…その、えっと……」
「?」
慌てる岩田を不思議に思っていると、岩田はくすりと笑い、人差し指を口に当て答えた。
「…椎名くんには秘密、だよ」
その時、岩田の制服がところどころ汚れていることに気付いた。
「岩田、登校中に転んだりした?」
「え? なんで?」
「制服汚れてる」
俺に言われるまで気付かなかったのか、岩田は自分の制服を見て驚く。
「本当だ…。いつ汚れたんだろ…」
ポケットからハンカチを取り出し、汚れを拭き始める。
「…うん。これで全部かな」
「岩田さん、ここも汚れてるよ」
横からすっと手が伸びてきて、岩田のスカートの汚れを叩(はた)いた。
「ありが………えっ!?」
岩田は目を大きく見開くと、固まった。
「…岩田さん?」
スカートを叩(はた)いた人物は柚季だった。
「……で」
「岩田…?」
岩田はぶるぶると震え出し、机にぶつかりながら後退る。
「…な、…で……んたが…!」
その顔は真っ青で、何かに怯えているようだった。
「うぁ…っぁあ………っ!」
走ってそのまま教室を出て行く岩田。
「岩…っ!」
追い掛けようとする俺の手を誰かが掴んだ。
「行っちゃ駄目だよ翔くん」
「柚季…!? っ、離してくれ! 岩田を追わないと…!」
「駄目だよ」
しんと静まり返る教室の中、柚季の声がはっきりと聞こえる。
「もうすぐ授業始まるんだから」
掴まれた手には力が込められていた。
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