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「っ…」
柚季の爪が俺の手に食い込み、苦痛に顔を歪めた。
「…あっ、ごめんね翔くん! 痛かったよね…」
力が緩められる。
が、何故か柚季は掴んだ手を放そうとしない。
「…柚季、手を離してくれ」
「駄目だよ」
にっこりと笑うと緩めた手に再び力を込める。
「だって手を離したら翔くん、岩田さんを追い掛けて行っちゃうでしょう?」
力はそれほど強いわけではなく、振りほどこうと思えばすぐにでも振りほどけた。
「っ……分かった。追わないよ」
けれど俺は出来なかった。
…いや、したくなかった。
「…本当?」
「…あぁ」
ほんの数秒考える素振りを見せた後、柚季は笑顔で頷いた。
「うん、分かった。翔くんは嘘つかないもんね」
掴まれていた手が離される。
「…………」
頭の中は疑問で埋め尽くされていた。
何故、柚季は岩田を追おうとした俺を止めたのか。
岩田は何故、柚季を見てあんなにも怯えていたのか。岩田は一体、あの時なんて言ったのか…。
「…それにしても岩田さん、急にどうしたんだろうね…」
柚季は心配そうな顔で岩田が出て行った後を見つめる。
「……あぁ」
俺はそんな柚季の横顔を見つめていた。
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