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桑亟村(ソウキョクムラ)。
人口数、五百人にも満たない小さな田舎村。
ここには電車やバスなど便利なものは走ってなく、村人の移動手段は徒歩か自転車の二択しかない。
だが村全体がそこまで大きいわけではないので、大体の距離なら徒歩だけでも十分移動可能。
便通が良いわけでも、コンビニやスーパーが近場にあるわけでもない桑亟村は、正直不便かもしれない。
だけど住めば都と言うのは全くその通りで、慣れてしまえばどうということはない。
要は慣れだ。
それに都会では味わえない緑豊かな森や小鳥の囀りを身近に感じることが出来る。
田舎も捨てたものではない。
「おはよう、おばさん」
「翔(カケル)くん、おはよう。今朝は早いのねぇ」
玄関周りを掃いていた近所のおばさんに挨拶すると、おばさんはいつもの優しい笑顔で挨拶し返してくれた。
「…まぁ、ね」
”悪夢のせいで目覚ましより早く起きてしまった”とは言えず、俺は曖昧に笑う。
「今日も柚季ちゃんと待ち合わせ?」
柚季(ユズキ)と言うのは、俺の幼なじみの瀬川 柚季のこと。
登校するのも、下校するのも、遊ぶのも俺達は常に一緒だった。
「いつ見ても二人はラブラブねぇ」
一気に顔が赤くなっていくのが分かる。
見られたくなくて、俺は急いで顔を背けた。
「お、俺行くから」
この村では、その日のうちには既に噂が広まっていることなど全く珍しくもなんともない。
そのぐらい噂が広まる速度が尋常ではないのだ。
現に俺は今まで噂の犠牲者にされた人たちを見てきた。
クラスメイトの茎本に隣のクラスの澤部。駄菓子屋の賢おじさんにご近所の主婦、金田さん…その他大勢。
あれは…なんだ。“悲惨”なんて言葉では言い表せないほどに酷だった。
その証拠に、噂された張本人たちは暫くやつれた顔をしていた。
…そう、いつ俺自身が噂されるか分からないのだ。
だから迂闊なことは言えな…
「昔から翔くんは分かりやすいわねぇ」
会話を強制的に切れば諦めてくれると思っていた俺は、おばさんがそんなことでは全くへこたれない人だったことを今思い出した。
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