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休憩がてらアイスティーで少しゆっくりして、たわいの無い話をしながら喫茶店を出る。
時間が経ったからか、雨足も少しだけ弱くなってきているようだ。
「よっし…、帰るかー」
「あー、家まで送ってくれない? お迎えついでにさ」
いい年した男ふたりがぴったりと並び、雨を避ける。
赤い模様入りの黒い傘は、不本意ながら自分よりも少しばかり長身な相手に高さを合わせて。
まったりと歩みを進めれば、パシャリパシャリと足元の水が小さな飛沫を上げた。
「んー…つか来いよ。学校、明日休みだし。バイトもねェだろ?」
「まあね、それじゃ遠慮なくお邪魔するわ。夕飯なに?」
「挽き肉あったしなァ…ハンバーグ焼いてロコモコでもすっか。思い付きだからモドキだけど」
冷蔵庫の中身を思い返しながらバス停で足を止めると、小さな笑い声。
一体なにかと隣を見れば、篝火が口角を吊り上げてにやにやと笑っていた。
「今度は走らないんだ? 俺のために走るアヤ、見たかったなー」
「走らねェよ! もう今日は走りたくねェ。嫌だ」
何を言うかコイツは。
これ以上走ったら家に辿り着く前に脚が棒になって行き倒れるぞ。
眉を寄せてみても未だ面白そうに笑うそれの頬を摘まむと、悪い悪い、と笑い混じりに反省の欠片も無い謝罪が飛んできた。
まったく。溜め息を漏らしながら、摘まんでいた頬を解放する。
「ねえ、アヤ」
「あ?」
まるで傘の中に隠れるようにぐいと腕を引かれたかと思えば、刹那、頬に当たるリップ音。
急なことに、なんだなんだと目を丸くする。
「サンキュー」
にこーっと咲く笑顔に思わず視線が固まった。
が、すぐに理解をすれば、込み上げるのは笑みだ。成る程な、キスは礼のオプションか。
「ふ…っ、あははっ! 素直でよろしい!」
「くくっ、俺はいつだって素直だろ?」
コイツがこうして、面白そうに笑うから。
自分は懲りずにまた走るんだろう。惚れた弱味というのは恐ろしいものである。
隣に並ぶ頭を引き寄せて、そのこめかみに唇を寄せた。するとコイツはまた面白そうに笑う。楽しいったらありゃしない。
大事なことだから二回言おう。
惚れた弱味というのは恐ろしいものである。本当に。
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