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ごわごわしたベストを身につけて、足元はぴったりとした布地で覆う。
首元まで覆われた上半身もすべてが黒で、関節の部分は外れないように上下についたベルトで服の可動域を調節した。
軽く音を立てて身につけていくのはいつも決まった服。
同じ動作で同じ服を、同じところに同じものを身につけて堀下智美を消していく。
「結夢、行ってくるね」
「……行ってらっしゃい」
結夢はいつも『仕事』のとき私を見ない。
いつもの定位置ではなく、――白く塗られてたいかにも結夢らしいアンティークな椅子ではなく部屋の片隅にちょこんと置かれた本棚に寄りかかって、いかにも拗ねた様子で――ひやりと冷たいフローリングにぺたりと座り込み、……いざ部屋を出て行こうとするときだけ床から見上げてくる。
くるくるした髪の毛が揺れる。少し気だるげに首を傾げて、ひそやかな声が聞こえた。
「……ちゃんと、戻ってこないと」
「うん?」
「智ちゃんのヨーグルト、全部食べちゃうんだから」
言葉を返す前に、リビングのドアを閉める。
聞こえてもいいし、聞こえなくても構わない。
いつも、変わらない自分がどこか滑稽だ。
外が騒がしかったり、風が強かったりしたら聞こえない。
どちらでもいいのだ。
「ふふ。それは困るなぁ」
十数歩しかない玄関までの道で自分を切り替える。
カツ、カツ、カツ、カツ、カツ…・…
ドアを開いて、玄関ホールへ。
普通の黒で、普通の服装。
武器だらけの体で歩かなければならない現代日本は、昔に比べて物騒になった。
“まともな人間なら”、夜は誰もがこの格好で出歩く。
誰もが、命が、惜しいから。
チリン、と耳元のピアスが鳴った。
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