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──俺は……何をしていた?
土方は、霞が立ち込めたような頭で考えてみた。
兵達の声が飛び交う戦場の中を見渡してみても、先程までそこに居た筈の男の姿は無く、馬上で抜き身の刀を構えた自分だけが、ぼんやりと戦況を眺めているだけだった。
否、そもそも男など居る筈がないのだ。
彼の者は、疾うに死んでいるからである。土方自身の目の前で、腹を切った。
──幻に魘されたか……。
白昼夢を見せられた様な感覚に、僅かばかり呆ける土方。
その為か、少年の声が耳に届くまで、幾許かの時を要した。
「土方さん、号令を!」
漸く届いたその言葉に、ふと傍らに視線を落としてみると、脇に控えていた添役の安富才助が、土方の命令を今か今かと待ち構えている。
馬上の土方を見詰める、才助の真っ直ぐな眼差しには、一点の曇りも無い。
──そうか……俺は……。
心の内でそう呟いた土方は、その眼差しに応えるように刀を振り上げると、
「これより退く事、まかりならん!」
と威風堂々と声を上げ、味方を大喝した。
「我この柵にありて、退く者を斬る! 島田や大野らが戻るまで、この一本木関門を何としても死守せよ!!」
その声は、戦場に響く銃声や砲撃音よりもずっと強く、何よりも高らかに木霊し、兵達の心底を鳴動させた。
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