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びょうっと風を切った刃が逆袈裟に払われると、断末魔の悲鳴と、掻っ捌かれた傷から噴き出す血の雨が、ほぼ同時に頭上から降り注いだ。
続いて、反対側からズイッと伸びてきた銃剣の切っ先を、後方に身を反らしながら軽く往なし、透かさず相手の首元に刃を突き立てる。
刃物としての本能に目覚めた得物は、水を得た魚の様に生き生きと、死の匂いを求めて体内へ滑り込んでいく。
ギリギリと歯噛みし、何が起こったのか分からない様子で目を丸くしていた敵兵だったが、その瞳は直ぐに光を失い、主の消えた傀儡の様に、ドサリとその場に崩れ落ちた。
その身体から静かに抜き放たれた刀身は、赤く汚れ、切っ先からポタリと紅玉を垂れ溢す。
陽の光を乱反射するような雫の輝きは、ゾッとするほど美しく、冬の名残を孕んだ冷たい空気さえ、鈍色に染め上げた。
臭い……だが、不思議と落ち着く、嗅ぎ慣れた匂い。
土と埃、血と火薬、汗、そして体臭が其処ら中に立ち込め、包み込む。
獣だ……。ここには、獣しか居ない。
血に飢え、血を求め、それでも血では満たされない、憐れな獣共の群れ。
気が付けば、そんな世界の真ん中に居た。そんな殺伐とした世界で生きていく事が、当たり前になっていた。
だがそれは、土方自身が選んだ事……。
近藤勇という将を高みに上げる為に、自らが望んでその身を窶した事……。
──後悔は無い。
否──悔いる事など許されなかった。
少なくとも、土方はそう思っていたのである。そう思い、自分を律して生きてきた。
その時、再び季節外れの沈丁花の薫りが、土方の鼻腔を擽った。
同時に、身体が大きく後方に仰け反る。
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