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──何だ……?
平衡感覚を失った身体は、持ち主に抗う術も与えず、木の葉の様に馬上から落下していく。
──何が起きた……?
まるで時の流れの速さが、自分一人だけを残し、変わってしまったように思えた。
全ての動作が愚鈍に見える。空気の流れでさえ、淀んだ汚泥の様に身体に纏わりついた。
遠くの方では、ほくそ笑む新政府軍の兵士の姿が見える。
そいつの構えた銃剣の先からは、まだ硝煙が上がっていた。
──俺は……撃たれたのか?
土方がそれを理解した時、甦った激痛が肉体に熱を齎し、神経を鋭利に揺り動かした。
死──。
それを感じさせる程の痛みが、稲妻の様に全身を駆け抜けていく。
しかし土方は、それでも手綱を掴もうと手を伸ばした。
──まだ、死ねん!!
その一念だけが、心を、身体を、そして精神を、現世に繋ぎ止めようと足掻いたのだ。
だが、その手を何者かがフワリと掴み、諫めてしまう。生きようとする魂の意志を、制止したのだ。
そして不意に、土方の耳に声が届いた。
「もういい……もう充分だ、土方君」
聞き覚えのある声だった。
悲しく、腹立たしい、記憶の中の声。
その声を辿り、ジロリと視線を転がした先には、一人の男が静かに佇んでいた。
「またか……しつけぇな、てめぇも」
土方は苛立ちを露に、男に向かって「ちっ」と舌打ちをした。
「いい訳ゃねぇだろ、山南さんよぉ」
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