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山南敬助──。
土方と同じく、近藤勇の道場『試衛館』の門人であり、新選組内では副長、総長を務めた古くからの友……そして、隊からの脱走という法度破りを咎め、土方自身が切腹させた男……。
その男が、いま目の前に居る。深い、深い悲しみに彩られた目で、土方をじっと見詰めていた。
「わざわざ冥土から迎えに来てもらって何だが、この命……まだくれてやる訳にゃあいかねぇ。俺ぁまだ死ねねぇんだ」
「土方君……」
憂いに満ちた山南の瞳には、涙さえ溜まっているように見えた。
しかし、その理由が土方には理解出来なかった。
何故、そんな目をしているのか……。
自分は、怨まれているのではないか……。
こちらを哀しげに見詰める山南の姿に、土方はただ戸惑う事しか出来ずにいた。
そんな土方に向かって、山南は深々と頭を垂れる。
「……申し訳無い。私の所為で、君にこんな思いをさせてしまったようだ……」
その行動に、土方は驚いた。
──何故……何故謝る?!
脱走は局中法度に背く重罪だが、有耶無耶にしようと思えば容易に出来た事……。
でも、土方はそれをしなかった。
それをせず、友に切腹を命じた。
──怨まれて当然……謝られたら、俺が惨めになる。
だが山南は、そんな言葉達が土方の口を衝いて出ようとするのを止めるように、穏やかに語り掛けてきた。
「法度を犯せば、幹部であろうと咎を免れない。この身を使ってそれを示す事で、君の作った局中法度は、より磐石な物となる。あの時の私は、それが正しい事なのだと思っていた。それが、唯一残された自分に出来る事なのだと……しかし、間違っていた」
山南はそう言って俯くと、拳を固く握り締めた。
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