儚い回想

3/6
前へ
/18ページ
次へ
「うあー、…やっちゃった。」 スケジュールの書かれた紙を取り出した拍子に、ポケットから転がり落ちたリップクリーム。 ピンク色の筒状をしたプラスチックは、コロコロと静かに転がり… 機材庫の入り口…つまり、床に出来た隙間に音を立てて吸い込まれていった。 「…困ったな。大丈夫かな?」 子供心に、あのまま私のリップクリームを放置して、システムの誤作動を起こしたら…とか、事故の原因になったら…とか、勝手に動かして壊しても困るし…などのいらない心配事をして、一人で勝手に焦りを感じた。 結果的に、スタッフとして来ていた作業着姿の男性に、勇気を振り絞って声をかけてみることにした。 彼が忙しそうな様子だったのと、人見知りも手伝って、なかなか声をかける事ができなかった。 「…………よし!…あのー!」 謎の気合いを入れてから、横を通り過ぎようとした彼に声をかけてみた。 「え?ああ。どうしたの?」 彼は笑顔で振り向いた。 なんだか、馬鹿に緊張していた自分が恥ずかしかった。 「あの、そこの隙間にリップクリーム落としちゃって…。」 「ああ!なるほど。待ってね…」 彼は慣れた手つきで床を外して、隙間に体を捩込んだ。 「これかな?」 床に開いた穴から、ひょいと伸びた手には、わたしのリップクリームが握られていた。 「これです!ありがとうございました!」 「いいえ。こんなとこじゃ、自分で取れないもんね。でも、もう落とさないでよー(笑)」 冗談を言う貴方も、好きです。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加