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「そりゃあさ、そんときはまだ下の子が1歳だったから。」
と言いながら、茉希は自分の横にいる小さな男の子を指差した。
「いやー、息子さん?かわいいー!ボクーお名前は?」
茉希が結婚し、子供を産んでからは会っていない。
初めて見る茉希の子供に、沙織は思わず声を上げた。
「…ひでくん…」
恥ずかしそうにその男の子が答えた。
「こーら。お名前聞かれたときは“ひでとし”でしょ。自分で自分を君付けしてどーする」
茉希はすっかり母の顔で、息子にそう諭す。
「だめなのよ。家でみんなが“ひでくん”って呼ぶから、自分は“ひでくん”だと思ってんのよ。」
「すっかりママなんだね。」
やりとりを見ながら沙織は言った。
「もう二児の母ですから。」
少し自慢げに茉希が答える。
「今日、上の子は?」
「パパに預けてきた。本当はコイツも預けたかったんだけどね。あたしと離れんの嫌がるから、仕方なく連れてきたのよ。」
そう言われて、改めて“ひでくん”を見ると、着慣れないタキシードに包まれながらもじもじと母の陰に隠れていた。
子供、か。
ふと、沙織は思った。
私に母になる日など来るのだろうか。
我が子の手を愛おしそうに握りしめるかつての級友と、自分の間には、決して渡ることの出来ない大きな川が流れているように感じた。
「今日、沙織受付じゃないんだ?てっきり沙織はスタッフとして参加してると思ったよ。」
すっかり“母”になった級友の声を聞き、沙織は自分の世界から現実へと呼び戻される、
「うん。茉希の式があって少しもしない間から、もう奈月とは会っていないからね。」
ふっと笑い、沙織は答えた。
「えー!じゃあ3年は会ってないってこと?」
「そうだね。」
「何で?何で何で?あんな仲良かったじゃん!だってアンタら、一緒に住んでたよね?!」
完全に主婦の井戸端会議ノリで、矢継ぎ早に茉希が聞いてくる。
「うん。ちょうど更新ってのもあって、お互い一人で住みだしたから。」
「え?ケンカでもしたの?沙織はともかく奈月がアンタと離れて一人で住むなんて考えられない!」
「いやー、そんなんじゃないよ。ただお互いに社会人になって忙しかったし、自然と、ね。」
ふーん。そんなもんかねぇ。
と、納得が行かない顔をしながら茉希は誰に言うでもなくぶつくさと一人言のようにつぶやいた。
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