トモダチドウシ

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―――桜舞い散る4月。 沙織は身体測定のために、体育館へ移動していた。 2年生に上がるそのタイミングで、クラス替えが行われた。 高校1年の頃は、入学したばかりということもあって、クラスにとけ込むためにみんな必死だった。 ところが2年にもなると、まったく違う。 沙織の通う学校は、そんなに規模も大きくない女子校で、1学年4クラスしかなかった。1年も通えば、学年全員の顔ぐらいは見たことあるのが普通だった。 教室から身体測定が行われる体育館へ移動しながら、出席番号順で歩いていた。 それまでは1年の時から同じクラスだった子と話していたから、改めてクラスが変わって新しい友達と話す機会というのはあまりなかった。 沙織は出席番号が隣の、深山馨(ミヤマカオル)という子と話していた。 「松本さんって、何て呼ばれてたの?」 馨に聞かれ、 「んー、沙織かな。普通に沙織って呼ばれてた。私特にあだ名とか付いたことないんだよねー」 と、まったく広がりそうもない会話をした。 「そうなの?いっぱい付けられるでしょ。松本、だから“マツモ”とかさ!さおり、だから“さっちゃん”とか…」 馨がご丁寧にあだ名を考えてくれていた。 沙織はどうも、このお互い探り合いながら話す新しいクラス独特の空気が好きにはなれなかった。だからクラスが変わってからはずっと、去年からクラスが一緒だった茉希と話していた。 「いやー、私そんなキャラじゃないからさ。家だとお母さんからは“さっちゃん”って呼ばれるけどね。」 そこまで報告する必要はもちろんないのだが、このどうにも広がらない会話を盛り上げるために必死で話題を提供した。 けっきょく周りに気を使ってしまう。 気を配るあまり、新しい環境というのが沙織にはどうしても耐えられなかった。 あー、早く帰りたい。 そんな気持ちは臆面も出さずに、沙織は馨との会話を続けた。 「えー、見えなーい。沙織って別にそんな感じしないのにー。クール系だと思ってたのに、“さっちゃん”かー!」 ケタケタと笑いながら、馨は言った。 だから言ったじゃんか。 あだ名なんかない、って。 私のキャラを理解しているからこそ、周りで私のことを“さっちゃん”って呼ぶ人なんか、いないんだ。 その状況を分かっているからこそ、沙織はあえてネタとしてその話を振ったのだ。
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