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なんてこった! ある意味死刑宣告よりキツい!
愕然とうなだれるアキオ。何の言葉も出てこない。
みつこはそんなアキオを恥ずかしそうにうつむき加減で見つめている。恋人の名前を忘れてしまったことに、一応恥じらいを感じているらしい。
と、ここでアキオははっとする。
恥じらい。
そうだ。今誰がどう見たって、みつこはアキオの前で恥ずかしそうに体を縮めている。心なしか、頬も赤く染まっているように見える。
だとしたら。そうか。ようやくこの子は、自分のことを恋人として見てくれるようになったんだ。
バンザイ! バンザイ! 半田アキオ、バンザイ! バンザイ!
「半田アキオ」
希望の光を取り戻したアキオは、みつこの目を真っすぐ見つめて自分の名を告げる。すでにアキオの頭の中に先ほどの不安など微塵も残ってはいなかった。
「あ、アキオ」
胸のもやもやを取り払われて気持ちが晴れたのか、みつこはぱっと表情を明るくしてアキオに微笑んだ。
笑顔を向けられたアキオはたちまち顔を紅潮させる。
「アキオくん。これ。お母さんから」
まだみつこの微笑みの残像から意識を取り戻せていなかったアキオは、みつこが二つ折りにされた若草色の便箋を差し出していることに少し遅れて気がついた。
「じゃあ私、もう行くね。バイバイ」
初めて彼女と二言以上続けて話した。それに、名前も呼んでもらえた。
若草色の便箋を握り締め、去っていくみつこに手を振りながら、アキオは心の中で感動の涙を流した。
――それにしても彼女、一体どこへ行くのだろう。
考えても絶対にわからないであろう疑問を思い浮かべながら、アキオはみつこから渡された若草色の便箋を見つめる。
確か、みつこは母からだと言っていた。
みつこの母親が一体自分に何の用だと思い便箋を開くと、中には整った綺麗な字でこう書かれていた。
『はじめまして。みつこの母です。先日、みつこからあなたのことを聞いて、是非会ってみたいと思いました。都合が良い日で構わないので、一度夕食を食べにいらっしゃって下さい。お待ちしています』。
そう。みつことアキオが交際を始めて、誰よりも喜んだのは、みつこでもアキオでもなく、みつこの母だった。
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