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みつこの呼びかけに、はいはいーと家の奥から返事が聞こえ、ほどなくしてトントンという足音が近づいてくる。
いよいよだ。アキオは背筋を張った。
「いらっしゃいバンダイ君。よく来てくれたわね」
そう言って微笑むみつこの母は、その時確実にアキオの心をへし折ったのだった。
バンダイじゃありません! 半田です! 半田!
と訂正することができたならどれだけいいだろうか。しかしこの時アキオが最も優先してしなければいけないことは、みつこの母親へ向けて気のいい挨拶をすることだった。
ツルツルに磨かれた長い廊下を渡って、アキオは居間に通された。みつこの母曰わく、夕食の準備までにはもう少し時間がかかるので、バンダイはここでトミカででも遊んでな!(しばし待て)ということらしい。
部屋の中央には長いこたつのような背の低いテーブルが置かれていて、それと正面から向かい合うように巨大な薄型テレビがある。
部屋でアキオがたった一人にされてうろうろ落ち着かないでいると、母と一緒にどこかへ姿を消していたみつこが白い湯気の立つ湯のみを一つお盆に載せてやってきた。一瞬アキオと目が合ったが、みつこは恥ずかしそうにすぐに目を反らしてしまう。
運んで来たお盆と一緒にテーブルにつくと、みつこは静かに湯のみを啜った。
いまいち状況が理解出来ないアキオも、ひとまず落ち着こうとみつこの向かいに腰を下ろす。
「こら! あんたやっぱりそれ自分で飲んでるじゃないの!」
急に襖を開けて入ってきた母に驚いてみつこは口に含んでいたお茶を吹き出した。あらかた予想できていたアキオは間一髪でそれを避ける。
「ごめんね。私がバンダイ君のお茶持ってきたから。それからこれ、よかったら食べてね」
はいレゴブロック。と言わんばかりにみつこの母はアキオの前に羊羹を差し出した。
ありがとうございます。と頭を下げるアキオにみつこの母はもっとくつろいでていいわよと微笑んで部屋を後にした。
――さて、そろそろ長いので少々割愛させて頂くが、結果的にこの後、アキオはみつこの父、そして弟と対面することになる。
なぜそんな重要な場面を割愛してしまうのかと説明を求められれば、答えは至極簡潔なものになる。
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