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「いいよ…」 「え?」 私は漏らすようにそう言った。 蓮王の顔がその真意を確かめるかのように見上げる。 「ここにいていいよ」 蓮王はなにも言わない。 「でもいるだけよ。あたしに近づかないで。寝床だけ貸してあげる。あたしはあんたが人間になる手伝いは一切しないから」 「同情した?」 彼の顔が切なく笑う。 「違うわよ。同情なんかするわけないでしょ。あんたみたいな犬捨てられて当然よ。どうせキャンキャンするさいバカ犬だったんでしょ!」 言って後悔した。 蓮王は私の手を乱暴に強く握った。 さっき怪我をした部分がじくじくと痛む。 「いった!ごめんって、言い過ぎた。」 「そうだよ。俺バカ犬。だから飼い主とめす犬の違いもつかない」 ――――ッ! 蓮王の少しザラザラした、でもねっとりと生ぬるい舌が私の指を舐めた。 それは時々唇を這わせながら、指先から第二関節をすぎ、指の間のつけねにまで達する。 背筋がぞくっとするような舌使いはその手を緩ませ、反対の手に拳を作らせる。 一緒に感じるのは口と舌の間から漏れる暖かく柔らかな息づかい。 一瞬の静寂に感じる恐怖とは何か違った感覚が体を一気に支配する。 心臓の鼓動がここ一番に速くなり、一瞬が永遠に思えた。 「バーカ。何期待してる?」 その静寂は蓮王の声に打ち砕かれた。 一気に恥ずかしさが押し寄せる。 「なっ!からかわないでよ!なんも期待してない!だいたい犬の唾液なんて汚い!もう寝て!」 私は急いで寝室へ入った。 まだ心臓が高鳴って、布団に入ったあとも収まらない。 「あたしどうかしてる…」 二時間もして、電気がついたままのリビングを覗くと、蓮王はソファーに丸くなったまま寝息をたてていた。 毛布をそっとかけると、少しだけ安らかな顔になった気がした。 電気を消した。 この先、私はこの子をどうする気だろう。 あのときは正直半分一人になる寂しさと、同情が邪魔をして勢いでいていいといってしまった。 でも女の独り暮らしに、半分犬とは言えど、こんな若い男と一緒にすむなんて体裁が悪い。 まぁ90日の我慢だ。 90日後にはきっといつもの毎日に戻る。 そう自分に言い聞かせて目を閉じた。 今日もまた徹のことを考えなくて済んだ。 そのことだけが救いだった。
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